小説の舞台になった白樺樹液の里
白樺樹液が、近年、美容にも健康にもよいとして注目を集めるようになりました。白樺樹液には豊富な美容成分が含まれ、美白などの効果もあり、健康にもよいらしいと評判になっているのです。白樺はその幹の肌が白いことから高原の貴公子とも呼ばれ、みんなに愛され親しまれている樹木です。その樹木から樹液が採取される場所は、村上春樹氏の小説「羊をめぐる冒険」の舞台とされ、村上ファンが集まって朗読会が開かれたりしています。人口減少がつづく北海道美深町の、町からオホーツク海側へ10kmほど入った仁宇布という山奥の羊牧場に隣接する白樺林に建つ民宿「トント」です。11月ごろから降り始める雪は5月ごろまで、2メートルの積雪に覆われることも多く、その雪をかき分けて白樺の幹に小さな穴をあけ、チューブをバケツにつないで採取が行われます。白樺が春を迎えて一斉に新緑をだすのに必要な栄養を、大地から選び取ってたっぷりと吸い上げた命の水です。
白樺林の民宿トント
カナダのメープルシロップがヒントに
美深町で白樺樹液の生産を始めたのは、羊牧場を営む松山農場の柳生佳樹さんです。カナダ旅行で見かけたメープルシロップを作りたいと、母校の北海道大学に寺沢教授(農林学)を訪ねたのがきっかけでした。寺沢教授の答えは「日本にはあまりよいカエデがない。植樹して採取できる頃にはあんたは死んでるだろう。それよりこっちの方がよいと思うが」といわれたのが白樺樹液だったのです。そこでさっそく取り組んでみたものの、採取できる時期はいつなのか、採取の方法はどうするのか、保存方法や加工をどうするかなど暗中模索で、途中でなんども投げ出そうと思ったといいます。その都度、寺沢先生に相談し、試行錯誤のすえに、数年の歳月をかけて設備を整え、やっと商品化にこぎつけたのでした。
「白樺樹液まつり」と「国際樹液サミット」の開催
すっかり白樺樹液にのめり込むはめになり、ミイラ取りがミイラになった寺沢先生は、樹液研究の第一人者といわれるまでになり、定年後の現在は美深の白樺林の中に別荘を建てて定住されています。美深町では町をあげて、毎年、春先になるとこの白樺林で白樺樹液まつりを開催しています。メディアでも取り上げられてひろく知られるところとなり、2019年には第24回目を数えました。地元北海道だけでなく全国から観光客が訪れるようになり、講演会やワークショップなども行われて年々賑わいをみせています。当日ははじめに真っ白な白樺林の雪の上で、町長さんや警察署長さんなどお歴々が列席して、アイヌの長老が神に感謝の祈りを捧げる「カムイノミ」という儀式が行われます。お祭り会場では地元特産の農産物やチーズ、羊の毛皮や白樺の皮細工などの工芸品の販売、白樺コーヒーや白樺カレーなどがふるまわれ、子供たちは白樺林の中をかんじきを履いてウォークラリーしたり、凧揚げやスノーバイクに乗ったりして雪と戯れます。またお祭りに合わせて5年に1回、世界の樹液研究者を集めて「国際樹液サミット」が開催されています。1995年を第1回とし、以後5回開催されました。言葉や食事の問題などもあり、主催者は大変だったそうです。しかし新型コロナの影響で2020年から両方とも開催が見送られ、再開が待たれています。
樹液まつりの風景
ぷろろ白樺の恵みの開発
天然の白樺樹液は、もともと無色透明、無味無臭の水のような液体です。飲んだ後にほんのりと甘みがのこる程度で、ほぼ水感覚で飲むことができます。ぷろろ白樺の恵みは、この白樺の原液に、白樺の樹皮と葉のエキスを抽出して加え、成分を強化した世界に類のない独自ブランドです。色がちょっと茶色がかっているのはそのためです。高齢化がすすみ要介護や寝たきり老人が多い日本で、健康な老後を過ごすのに貢献できると考えたからです。白樺は、倒木して材は腐っても樹皮は残るという抗菌作用のあるペチュリンが含まれるため、アンチエイジング効果が期待されます。白樺の葉にはケルセチンが含まれ、抗菌作用のほか、動脈硬化、血栓症、血行促進、心臓病に効果があることから、現地では白樺茶として飲用されています。白樺樹液は疲労回復やストレスを軽減し、体内の活性酸素を除去することがわかっています。
ソルジェニーツィンは白樺で胃がんを克服
白樺樹液は北海道だけではなく、フィンランドなどの北欧諸国、東欧、中国北部や韓国、シベリアなどの北方圏で千年も昔から飲まれてきました。「命の水」「森の看護婦」などと呼ばれて、春先になると飲用したり、肌につけたり、料理の水などに使われてきました。また民間療法でも、リウマチ、便秘、痛風、利尿、ガン治療などに用いられてきました。これらの民間療法の効能は、現代の科学によってしだいに証明され、裏付けられてきています。ロシアのノーベル賞作家ソルジェニーツィンは、若くして胃がんを患い、主治医のすすめで白樺樹液や白樺に生える希少キノコ「チャーガ」を服用して克服しました。ある地域でがん患者が少なく、何故だろうと調べてみると貧乏のためお茶を飲めず、白樺の葉をお茶にして飲んでいることがわかったのだそうです。彼はその体験を長編小説「がん病棟」に著しています(1974年、新潮社刊)。彼はのちソ連時代にアメリカに亡命し、東西冷戦後に帰国して、2008年に89歳で天寿を全うしています。白樺がまさに彼の人生を救ったのでした。
白樺樹液の効能と含まれる成分
また白樺の木からは、虫歯予防のキシリトール、エイズ治療薬の原料のペチュリンなどが採取されます。白樺は人間にとって「聖なる木」と呼ぶにふさわしい、薬の樹といってもよい存在なのです。白樺樹液のもっとも大きな効用は、体内の活性酸素を除去する作用です。活性酸素はシミやしわ、老化を促進し、臓器の細胞を傷つけ、胃潰瘍やガンを発症する有害物質です。白樺樹液を飲み続けると、体内に蓄積した有害物質を排出し、細胞をリフレッシュしてくれるのです。このほか白樺樹液には、果糖、ブドウ糖などの糖分、アミノ酸やリンゴ酸などの有機酸、多糖類、配糖体などの有機物と、カリウム、カルシウム、マグネシウム、マンガン、鉄、アルミニウム、亜鉛、リンなど多種のミネラルが含まれています。ただ糖成分には砂糖がほとんど含まれないので、ヘルシーな甘さといえます。またミネラル成分も樹木が必要とする成分を選択吸収しているため、自然の地下水の成分構成とは大きく異なり、生物の健康にとってすぐれた成分構成となっています。
カムイノミと呼ばれるアイヌの儀式
流通を可能にした二人の人物
白樺樹液にはこれらの栄養素が豊富に含まれているので、人体に不可欠な微量栄養素を補給することができます。ただ採取できる期間が1年にたった4週間であることや、空気に触れると酸化しやすいため、長い年月の間にもひろく外界に流通することはありませんでした。これを加熱殺菌して真空状態でボトリングすることにより、添加物を含まない天然のまま、ひろく流通を可能にしたのが、松山農場の柳生さんと寺沢先生(現在は北海道大学名誉教授)だったのです。そしてその白樺林が、ノーベル賞候補の村上春樹氏の小説「羊をめぐる冒険」の舞台にもなったのでした。